「明日の教室 東京分校」 第一回 [学び]
いよいよ今日は楽しみにしていた「明日の教室 東京分校」オープンの日。
家を三歩出てお金を持っていないことに気づき、あわてて戻る。その結果、予定の電車に乗れず。時刻表をよくよく見たら、次の電車は50分後。北千住のハンズ行きは断念。切符を買い間違えて電車に乗り、熱海駅で払い戻し&買い直しと波乱のスタート。
東京駅で猛ダッシュして乗り換え、秋葉原へ。日比谷線に乗るかつくばエクスプレスに乗るか迷い、JRから見て手前側にあるつくばエクスプレスのホームへダッシュ。しかし、降りても降りてもホームに着かず、乗りたかった電車に乗れず。ホームに着いて、電車に乗ってから「つくばエクスプレスは最近できた電車だから、地下深くに作ったのね」と妙に納得。(実は、現地に行くまで、地上にホームがあると信じていた。)目的地の駅に着いて、バス乗り場に行ったら、ちょうど乗りたかったバスが行ってしまった。止まっていたコミュニティバスに乗り現地へ。というわけで15分ほど遅刻してしまう。関係者の皆様、晴れの第一回なのにごめんなさい。
今回の講師は「明日の教室」本校(?)の池田修先生。テーマは「若手教師のための学級担任論」。教師の仕事とは何か、に始まり、児童・生徒との距離感、信じると心配する、こんなときどう言い返す、についてワークを交えながら学ぶ。
「生徒との距離感」、私がいつも難しいと感じていることの一つである。着かず離れずの加減をもう少し自分なりに考えねば、と痛感した。「信じると心配する」のワークでは、教師の質問と生徒の言い訳から、その裏に隠れていると思われる事実を考えた。私が考えた事実は、他の参加者の皆さんから出てくる意見や池田先生の解説された事実に比べると、考え方が甘かった。まだまだ修行が足りない。「こんなときどう言い返す」のワークは、なかなか言い返せずに詰まってしまう私にはとても勉強になる。
忘れ物について、授業づくりの基本技術のお話は、押さえるべきツボがよくわかった。チョークのところでは、極太チョークや食べるチョーク(!?)が出てきてびっくり。そういえば、極太チョークは誰に引き取られていったのだろう…。
最後の模擬授業中の問題発見では、池田先生からミッションを仰せつかった人たちがそれらを遂行すべく怪しい動き。やってる当人たちはおかしくて爆笑。私もペットボトルの水を飲むミッションを仰せつかったが、ふたを開けられず、先生役の学生さんと目が合うと笑ってしまう。模擬授業が終わったころ、ようやくキャップを回し開けることができ、私の手は真っ赤になってしまった。先生役は問題行動をまったく見つけられずがっくり。ふだんの私は、というと、明らかに見え見えのものは見つけられるが、そうでないものは見つけられない。もっと気持ちにゆとりを持って授業をしないとだめだと痛感。
採用試験の二週間前なので、東京に遠征(?)している場合ではないと思ったのだが、教師としてどんなスタンスで仕事をしていけばよいのかがよくわかり、参加してよかった。
試験二週間前にもかかわらず参加している物好きは私だけだと思ったら、懇親会の場で他にも何人かいることがわかってびっくり。
とても充実した時間を過ごせた。
取りまとめ、会場準備などをしてくださった佐瀬先生、講師で来てくださった池田先生、ありがとうございます。
今日はパワーをいただきました。
試験、頑張ります。
次は9月18日(土)、野中信行先生です。
家を三歩出てお金を持っていないことに気づき、あわてて戻る。その結果、予定の電車に乗れず。時刻表をよくよく見たら、次の電車は50分後。北千住のハンズ行きは断念。切符を買い間違えて電車に乗り、熱海駅で払い戻し&買い直しと波乱のスタート。
東京駅で猛ダッシュして乗り換え、秋葉原へ。日比谷線に乗るかつくばエクスプレスに乗るか迷い、JRから見て手前側にあるつくばエクスプレスのホームへダッシュ。しかし、降りても降りてもホームに着かず、乗りたかった電車に乗れず。ホームに着いて、電車に乗ってから「つくばエクスプレスは最近できた電車だから、地下深くに作ったのね」と妙に納得。(実は、現地に行くまで、地上にホームがあると信じていた。)目的地の駅に着いて、バス乗り場に行ったら、ちょうど乗りたかったバスが行ってしまった。止まっていたコミュニティバスに乗り現地へ。というわけで15分ほど遅刻してしまう。関係者の皆様、晴れの第一回なのにごめんなさい。
今回の講師は「明日の教室」本校(?)の池田修先生。テーマは「若手教師のための学級担任論」。教師の仕事とは何か、に始まり、児童・生徒との距離感、信じると心配する、こんなときどう言い返す、についてワークを交えながら学ぶ。
「生徒との距離感」、私がいつも難しいと感じていることの一つである。着かず離れずの加減をもう少し自分なりに考えねば、と痛感した。「信じると心配する」のワークでは、教師の質問と生徒の言い訳から、その裏に隠れていると思われる事実を考えた。私が考えた事実は、他の参加者の皆さんから出てくる意見や池田先生の解説された事実に比べると、考え方が甘かった。まだまだ修行が足りない。「こんなときどう言い返す」のワークは、なかなか言い返せずに詰まってしまう私にはとても勉強になる。
忘れ物について、授業づくりの基本技術のお話は、押さえるべきツボがよくわかった。チョークのところでは、極太チョークや食べるチョーク(!?)が出てきてびっくり。そういえば、極太チョークは誰に引き取られていったのだろう…。
最後の模擬授業中の問題発見では、池田先生からミッションを仰せつかった人たちがそれらを遂行すべく怪しい動き。やってる当人たちはおかしくて爆笑。私もペットボトルの水を飲むミッションを仰せつかったが、ふたを開けられず、先生役の学生さんと目が合うと笑ってしまう。模擬授業が終わったころ、ようやくキャップを回し開けることができ、私の手は真っ赤になってしまった。先生役は問題行動をまったく見つけられずがっくり。ふだんの私は、というと、明らかに見え見えのものは見つけられるが、そうでないものは見つけられない。もっと気持ちにゆとりを持って授業をしないとだめだと痛感。
採用試験の二週間前なので、東京に遠征(?)している場合ではないと思ったのだが、教師としてどんなスタンスで仕事をしていけばよいのかがよくわかり、参加してよかった。
試験二週間前にもかかわらず参加している物好きは私だけだと思ったら、懇親会の場で他にも何人かいることがわかってびっくり。
とても充実した時間を過ごせた。
取りまとめ、会場準備などをしてくださった佐瀬先生、講師で来てくださった池田先生、ありがとうございます。
今日はパワーをいただきました。
試験、頑張ります。
次は9月18日(土)、野中信行先生です。
消費者教育講座 [学び]
6年ぶりに「教員を対象とした消費者教育講座」に参加。年度末に設定されているため、なかなか参加できない。
今回も申し込んだ後に転勤が決まり、引っ越さねばならないというおまけがついたので、参加を取りやめようと思った。しかし、管理職の先生たちが(研修で)行ってきていいよ、とおっしゃってくださり、校長印をいただいて申し込んだ講座なので、気分転換も兼ねて参加した。
以前参加したときは2泊3日だったが、今回は一日。もう少しボリュームがあってもいいような気もするが、役立つ情報をたくさん得ることができた。前回参加したときにご一緒させていただいた北海道の先生にも再びお目にかかることができた。
4月から、どのように消費者教育を組み込んでいくか…、ワクワクする。楽しみながら考えたい。
今回も申し込んだ後に転勤が決まり、引っ越さねばならないというおまけがついたので、参加を取りやめようと思った。しかし、管理職の先生たちが(研修で)行ってきていいよ、とおっしゃってくださり、校長印をいただいて申し込んだ講座なので、気分転換も兼ねて参加した。
以前参加したときは2泊3日だったが、今回は一日。もう少しボリュームがあってもいいような気もするが、役立つ情報をたくさん得ることができた。前回参加したときにご一緒させていただいた北海道の先生にも再びお目にかかることができた。
4月から、どのように消費者教育を組み込んでいくか…、ワクワクする。楽しみながら考えたい。
食の安全フォーラム [学び]
フードファディズムに詳しい群馬大学の高橋久仁子先生のお話を一度うかがいたいとずっと思っていた。今日は、高橋先生がいらっしゃるとのことで、久々にアイセルへ。
お話は、食情報に翻弄されている私たちの姿を、時にユーモアを交えながらわかりやすく進んでいく。フードファディズムというのは、食物や栄養素が健康などに与える影響を過大に評価したり過信したりしてしまうこと。私はフードファディズムとは無縁だわ、と思っていたが、オーガニックとか有機とか玄米食という文字を見るとついついそれらを使った料理が気になる私。これも一種のフードファディズムか。
要は、多様な食物を食べ過ぎない程度に食べていれば栄養のバランスも取れて健康にもよい、ということなのだ。
話を聞きながらふと思ったのは、教わる側は教える側の影響を受けてしまっている、ということ。教える側が偏った考えのもとに話をしても、教わる側はその偏った考えを正しいと信じてしまう。でも、それでは正しく考える力は身につかない。教員は、何かを教えるときはどちらかに寄った状態ではなく、中立の立場で話をしなければ…、と思った。いろいろな角度から情報を集め、それをわかりやすく話をし、考えるためのきっかけを渡す。それが教員の大切な仕事なのである、ということを改めて感じた。
食に関する情報に翻弄されないためにも、食に関する情報も読む力をつけることが必要だ。
そのために何ができるか、何を考えていかねばならないか、を考えるのが私のテーマの一つとなりそうだ。
お話は、食情報に翻弄されている私たちの姿を、時にユーモアを交えながらわかりやすく進んでいく。フードファディズムというのは、食物や栄養素が健康などに与える影響を過大に評価したり過信したりしてしまうこと。私はフードファディズムとは無縁だわ、と思っていたが、オーガニックとか有機とか玄米食という文字を見るとついついそれらを使った料理が気になる私。これも一種のフードファディズムか。
要は、多様な食物を食べ過ぎない程度に食べていれば栄養のバランスも取れて健康にもよい、ということなのだ。
話を聞きながらふと思ったのは、教わる側は教える側の影響を受けてしまっている、ということ。教える側が偏った考えのもとに話をしても、教わる側はその偏った考えを正しいと信じてしまう。でも、それでは正しく考える力は身につかない。教員は、何かを教えるときはどちらかに寄った状態ではなく、中立の立場で話をしなければ…、と思った。いろいろな角度から情報を集め、それをわかりやすく話をし、考えるためのきっかけを渡す。それが教員の大切な仕事なのである、ということを改めて感じた。
食に関する情報に翻弄されないためにも、食に関する情報も読む力をつけることが必要だ。
そのために何ができるか、何を考えていかねばならないか、を考えるのが私のテーマの一つとなりそうだ。
まずは、信じること [学び]
ビジョンメイク術ワークショップに参加した。案内のサイトを見たとき、「これは今の私のためのワークショップだ」と思った。少々迷ったものの、思い切って参加することにした。
今日の会場は東京だが、私が今まで行ったことのないところ。いつもは時間ギリギリに会場入りする私だが、所要時間がまったく読めないこともあり、開始の一時間以上前に東京駅に着くように出かけた。
少人数のワークショップだが、濃密な空間の中でワークが進む。
他の参加者の方々はワークの間にどんどんフィードバックを出していく。仲間のことをよく見ていらっしゃるなぁ…、と尊敬。一方の私は、仲間の発表することがらを自分にダブらせて聞くこと多し。だからなかなかフィードバックも出せず。
フィードバックでは、今まで思ったことのなかったことを指摘されてハッとする。その一つが「信じることに敏感なんだね」という言葉。
私は、自分のことも、他人のこともなかなか信じることができない。私って人間不信で、人にも信用されていないのかも、と思っているところにこの言葉をいただく。その一言で、「自分のこと信じていいんだな。人のこと信じていいんだな」と思えるようになった。自分のことを少しずつだけど好きになっていけそうな気がした。
最後に、各参加者が他の参加者の方たちに一言ずつコメントする時間があった。そこで、私のことをスポンジにたとえてくださった方がいた。名刺にも書いている私のキャッチフレーズには「スポンジ」という言葉が使われている。しかし、この時点ではまだ名刺はお渡ししていない。それなのに「スポンジ」の言葉が出てきたことにびっくり。
ワークショップに参加することで明確化させたいと思っていたことは明確化できなかった。でも、私の「信じる」というテーマ(キーワード)が見つかったことは大きな収穫。「私は教員という道を選んでよかったんだ」という確信が持てたことも収穫。
ビジョンを明確化したものとアクションプランは作成途中。イメージはあるので、早めに完成させたい。
素敵な一日をありがとう、皆様。
今日の会場は東京だが、私が今まで行ったことのないところ。いつもは時間ギリギリに会場入りする私だが、所要時間がまったく読めないこともあり、開始の一時間以上前に東京駅に着くように出かけた。
少人数のワークショップだが、濃密な空間の中でワークが進む。
他の参加者の方々はワークの間にどんどんフィードバックを出していく。仲間のことをよく見ていらっしゃるなぁ…、と尊敬。一方の私は、仲間の発表することがらを自分にダブらせて聞くこと多し。だからなかなかフィードバックも出せず。
フィードバックでは、今まで思ったことのなかったことを指摘されてハッとする。その一つが「信じることに敏感なんだね」という言葉。
私は、自分のことも、他人のこともなかなか信じることができない。私って人間不信で、人にも信用されていないのかも、と思っているところにこの言葉をいただく。その一言で、「自分のこと信じていいんだな。人のこと信じていいんだな」と思えるようになった。自分のことを少しずつだけど好きになっていけそうな気がした。
最後に、各参加者が他の参加者の方たちに一言ずつコメントする時間があった。そこで、私のことをスポンジにたとえてくださった方がいた。名刺にも書いている私のキャッチフレーズには「スポンジ」という言葉が使われている。しかし、この時点ではまだ名刺はお渡ししていない。それなのに「スポンジ」の言葉が出てきたことにびっくり。
ワークショップに参加することで明確化させたいと思っていたことは明確化できなかった。でも、私の「信じる」というテーマ(キーワード)が見つかったことは大きな収穫。「私は教員という道を選んでよかったんだ」という確信が持てたことも収穫。
ビジョンを明確化したものとアクションプランは作成途中。イメージはあるので、早めに完成させたい。
素敵な一日をありがとう、皆様。
言葉と学びをひらく会 [学び]
このセミナーは1日あるのだが、午後は大学の授業なので午前のみ参加させていただく。
基調講演は、国語の学びの形の変化についてが話の中心。言語活動は国語科だけでなく、他の教科でも必要である。他の教科で書いたものを国語の授業で使うこともできる、というお話は、いつか私の授業で小論文を書き、そこに国語の先生を巻き込んでみたいというささやかな構想を後押ししてくださった。
記念講演の池上彰さんのお話は分かりやすく、楽しい。暗黙知のお話を聞き、教科書に書かれている言葉もわかりやすく話さなければ、と改めて意識する。言葉は生きているというお話にもなるほどなと思う。ら抜き言葉、私は大嫌いだが定着してしまったようだ。今日のお話には出なかったが、さ入り言葉(やらさせていただきます、など)も私は嫌い。でもこれも定着してしまうのかしら。
今日の会場は慶應の三田キャンパス。20年ぶりの懐かしのキャンパス。会場となった校舎他多くの建物が変わってしまっていた。しかし、新しくなった校舎たちからも、慶應のオーラが強く出ていた。
慶應のキャンパスは、今でも私のあこがれのキャンパスだ。
基調講演は、国語の学びの形の変化についてが話の中心。言語活動は国語科だけでなく、他の教科でも必要である。他の教科で書いたものを国語の授業で使うこともできる、というお話は、いつか私の授業で小論文を書き、そこに国語の先生を巻き込んでみたいというささやかな構想を後押ししてくださった。
記念講演の池上彰さんのお話は分かりやすく、楽しい。暗黙知のお話を聞き、教科書に書かれている言葉もわかりやすく話さなければ、と改めて意識する。言葉は生きているというお話にもなるほどなと思う。ら抜き言葉、私は大嫌いだが定着してしまったようだ。今日のお話には出なかったが、さ入り言葉(やらさせていただきます、など)も私は嫌い。でもこれも定着してしまうのかしら。
今日の会場は慶應の三田キャンパス。20年ぶりの懐かしのキャンパス。会場となった校舎他多くの建物が変わってしまっていた。しかし、新しくなった校舎たちからも、慶應のオーラが強く出ていた。
慶應のキャンパスは、今でも私のあこがれのキャンパスだ。
2009-10-24 22:02
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京都行き、断念 [学び]
本当は、今日は「明日の教室」に参加するため、京都に行くつもりだった。
しかし、3日ほど前から口内炎でまともにものが食べられない。そして、2日ほど前からなんとなく腰が痛く、今朝の状態は最近では最悪。東京ならば出かけてしまったかもしれないが、初めて出かけるところでもあり、無理したくないので泣く泣く断念。
11月は行けそうもないが、またの機会にはスケジュールを調整してぜひ参加したい。
しかし、3日ほど前から口内炎でまともにものが食べられない。そして、2日ほど前からなんとなく腰が痛く、今朝の状態は最近では最悪。東京ならば出かけてしまったかもしれないが、初めて出かけるところでもあり、無理したくないので泣く泣く断念。
11月は行けそうもないが、またの機会にはスケジュールを調整してぜひ参加したい。
2009-10-17 22:40
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30周年記念の総会 [学び]
久しぶりの東京行き。
まずは丸善丸の内本店へ。
地元ではなかなか手に入らない本を手に取り、買いたいと思ったものの、お目当ての本にはほとんど会えず。買おうと思っていて買えたのは「明日の教室」第1巻のみ。本当は第3巻までまとめて買おうと思ったのに…。
時間がぎりぎりになってしまったので、品達でのラーメンをあきらめ、田町のCICへ。
家庭科教育学会の支部総会のあとは、支部設立30周年の記念講演。講師は上野千鶴子先生。最近の上野先生は「おひとりさまの…」ものでお名前が知られているが、私には「フェミニズムの」という方がイメージが強い。
今日は、介護について、さまざまな視点からお話をしてくださった。「介護されるボランティア」という言葉が印象に残った。
今日は、大学の「家庭科教育法」の授業でお世話になった恩師にもお目にかかることができた。
御無沙汰している先生方にもお会いすることができ、私もがんばらねば、と気持ちを新たにすることができた。
まずは丸善丸の内本店へ。
地元ではなかなか手に入らない本を手に取り、買いたいと思ったものの、お目当ての本にはほとんど会えず。買おうと思っていて買えたのは「明日の教室」第1巻のみ。本当は第3巻までまとめて買おうと思ったのに…。
時間がぎりぎりになってしまったので、品達でのラーメンをあきらめ、田町のCICへ。
家庭科教育学会の支部総会のあとは、支部設立30周年の記念講演。講師は上野千鶴子先生。最近の上野先生は「おひとりさまの…」ものでお名前が知られているが、私には「フェミニズムの」という方がイメージが強い。
今日は、介護について、さまざまな視点からお話をしてくださった。「介護されるボランティア」という言葉が印象に残った。
今日は、大学の「家庭科教育法」の授業でお世話になった恩師にもお目にかかることができた。
御無沙汰している先生方にもお会いすることができ、私もがんばらねば、と気持ちを新たにすることができた。
2009-07-18 22:35
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御船美智子先生 [学び]
昨夜、ある全国紙の夕刊をめくっていたら、お茶の水女子大の御船美智子先生の訃報が載っていた。一瞬、目を疑った。今朝の地元紙の朝刊にも載っていた。でも、まだ信じられない。
御船先生は家庭経済学の要というべき方である。御船先生の書かれた「生活者の経済」は、家庭経済の授業をするときにはいつも見返す本である。一昨年受講した金融広報中央委員会の通信講座のテキストも一部執筆なさっている。このときのテキストは、今年度「消費生活」の授業をするにあたってずいぶんお世話になった。
生の御船先生をお見かけしたのは、一昨年の消費者教育学会大会でパネリストとして登壇なさっていたときの一度だけである。これから学会などでお目にかかったらいろいろ勉強させていただきたいと思っていた。
私の夢はお茶の水女子大の大学院で勉強すること。その時は、御船先生の授業も受けたいと思っていた。それがかなわなくなってしまったのが残念だ。
先生ご自身もきっとまだやり残したことがたくさんおありだっただろう・・・。
ご冥福をお祈りします。
御船先生は家庭経済学の要というべき方である。御船先生の書かれた「生活者の経済」は、家庭経済の授業をするときにはいつも見返す本である。一昨年受講した金融広報中央委員会の通信講座のテキストも一部執筆なさっている。このときのテキストは、今年度「消費生活」の授業をするにあたってずいぶんお世話になった。
生の御船先生をお見かけしたのは、一昨年の消費者教育学会大会でパネリストとして登壇なさっていたときの一度だけである。これから学会などでお目にかかったらいろいろ勉強させていただきたいと思っていた。
私の夢はお茶の水女子大の大学院で勉強すること。その時は、御船先生の授業も受けたいと思っていた。それがかなわなくなってしまったのが残念だ。
先生ご自身もきっとまだやり残したことがたくさんおありだっただろう・・・。
ご冥福をお祈りします。
2009-02-13 09:34
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オバマ大統領のスピーチ [学び]
ニュースでオバマ大統領の就任スピーチが流れていた。就任式の様子は生で見られなかったので、スピーチを全部聞いてみたいと思った。併せて原文を見てみたいと思った。テレビでは一部しか流れない。また、英文は出ない。新聞に載るのは早くて明日の朝刊。ということで、CNNのサイトをあたってみたところ、CNN.comの中に英文が載っていた。さらに、演説の映像も見ることができた。
原文を目で追いながらスピーチを聞いてみた。スピーチなのでスピードがゆっくりということもあり、音声に併せて原文を追いかけることはできた。しかし、わからない単語だらけで意味がなかなかつかめず。一つ一つ辞書とにらめっこしながら解読したい。
原文を目で追いながらスピーチを聞いてみた。スピーチなのでスピードがゆっくりということもあり、音声に併せて原文を追いかけることはできた。しかし、わからない単語だらけで意味がなかなかつかめず。一つ一つ辞書とにらめっこしながら解読したい。
2009-01-21 22:28
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うちしょく? [学び]
我が家では、朝7時20分ころは「めざましテレビ」がついている。今朝は、「ここ調」のコーナーで、「内食」を取り上げていた。そこでどうしても気になったことが、「内食」の読み方。進行役の高島アナも、レポーターも「うちしょく」と言っていた。大塚アナの「『ないしょく』、ではなくて『うちしょく』と読むんですね」という問いにも、レポーターは「はい」と答えていた。
私は、それを「違う、違う」と思って見ていた。なぜなら、最初にこの言葉を知ったときから「ないしょく」と読むと認識していて、授業では「『ないしょく』って読むんだよ」と言って、わざわざルビを振って板書、説明しているからだ。気になったので、少し調べてみた。私の調べた限りでは「うちしょく」という読みになっているものはなかった。そうだよなぁ、「ないしょく」でいいんだよなぁ、と思いつつも、テレビで「うちしょく」と言われてしまうと自信が揺らぐ。
「ないしょく」でいいんですよねぇ…?
私は、それを「違う、違う」と思って見ていた。なぜなら、最初にこの言葉を知ったときから「ないしょく」と読むと認識していて、授業では「『ないしょく』って読むんだよ」と言って、わざわざルビを振って板書、説明しているからだ。気になったので、少し調べてみた。私の調べた限りでは「うちしょく」という読みになっているものはなかった。そうだよなぁ、「ないしょく」でいいんだよなぁ、と思いつつも、テレビで「うちしょく」と言われてしまうと自信が揺らぐ。
「ないしょく」でいいんですよねぇ…?
2009-01-21 09:25
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